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川の字で妖しい夜(アルケッチャーノ)





秋田山形ツァー四日目は、いつものごとくモリモリご飯お替わり朝食でスタート。


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いさごや前で写真を撮ってから、同行している居酒屋たけし母ちゃんの故郷である酒田市に向かう。


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江戸時代に豊かな庄内平野で採れる米は、酒田港から北前船で日本海を南下し、下関を回って瀬戸内海を通り、天下の台所と言われた大坂と、大消費地の江戸に運ばれた。
帰りの船は生活用品を積み込んで酒田に戻り、この北前船の交易で大いに栄えたのが豪商本間家だ。
まずは本間家の資金援助で明治時代に酒田港に建てられた、米保管の山居倉庫に行く。
現在も現役で使われている山居倉庫は、18万俵の保管能力があり、高温防止のケヤキ並木が美しい。


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女性チームは併設のショップで土産を物色し、私は近所の酒屋で山形酒を買う。


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そして本間家の旧本邸へ。
豪商本間家の三代目は、荒れ果てた田畑を買い取って日本一の大地主になったが、その利益を社会還元し、自分たちの暮らしぶりは実に質素だった。
天明の大飢饉で酒田藩から一人の餓死者も出なかったのは、本間家が備蓄した米によるもので、三代目は米沢藩上杉鷹山の財政再建アドバイザーでもあった。


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本間家は質素に暮らしていたが、北前船交易で大いに利益を出した他の豪商は、芸妓と料亭で楽しんだ。
現在は竹久夢二美術館が併設されている、かつての大料亭「相馬楼」も見学する。


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ここは三元豚の平田牧場オーナーの資金援助で修復されたようだ。


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相馬楼から徒歩圏内にある上喜元の蔵元も、当然見る。


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そろそろ予約時間が近付いたので、ランチ場所のアルケッチャーノにカーナビをセットした。


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賛否両論あるアルケッチャーノだが、せっかく庄内に来たからには、食べずに帰れば後悔するだろう。


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女性たちだけ飲む旅風景にも慣れた。


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すっかりアルケッチャーノを堪能してから、今度は米沢市郊外の赤湯にカーナビをセットする。
ここから秋田出身の女性が東京に帰るので、駅まで送り届けてから、上杉家の別荘跡地に建てられた宿「御殿守」に行く。


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赤湯温泉で旅の疲れを流してから夕食。
米沢牛のしゃぶしゃぶと石焼きが用意されていたが、量的に物足りない。


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部屋に戻ると、三人分の布団が川の字に敷かれている。
買って来た山形の地酒と乾き物で、テレビを見たり馬鹿話をしながら部屋飲み。
まったく妖しい気分にもならず、旅の疲れが出て爆睡する三人なのだ。


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| 山形県 | 15時01分 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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