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財閥系蕎麦屋(辰巳庵)

現在は人口70万人と、そこらの地方都市より巨大な練馬区だが、板橋区から独立したのは昭和22年(1947年)と歴史は浅い。
江戸時代の練馬区は、江戸市中に農作物を供給する一大近郊農村地帯だった。
大正時代に起きた関東大震災によって、練馬区に流入した人が増え、ベッドタウン化し始めたらしいが、それでも農業地帯であることに変わりはなかった。
農業統計によると、昭和30年の農家は2,350戸で、農業人口は約15,000人、農地面積は186,000アールであった。
それが平成17年になると、農家の戸数は370、人口は1,700人、農地面積は21,000アールに激減している。
農家をやめた人たちは、マンション業者に土地を売ったり、自らアパートや駐車場を経営したり、酒屋やタバコ屋や園芸店を始めたり、食い物屋に転身したりしたようだ。
練馬区や世田谷区のアチコチに、とんでもなく贅沢な敷地に、アカ抜けないレストランが建っていたりするのは、きっと転身組なのだろう。


いつものように休日の朝も早起きし、散歩したり、新聞を読んだり、テレビを見たり、コーヒーを3杯飲んだり、パソコンをいじったりしてしている私に、ベッドの中から妻が、「北口に新しい蕎麦屋ができたから、行ってみれば」と言う。
早朝からウロウロされると、落ち着いて寝られないんだと。
元ノーサイドというレンタルビデオ屋の隣りあたりだと聞き、さっそく自転車に乗って出発する。

辰巳外0002


こ、これは立派な店構えだ。
石神井公園の北口から程近い、富士街道に面した好立地に、いつの間にか5階建てのマンションが出来ており、その一階が蕎麦屋になっている。
店名の「辰巳庵」に記憶がある。
昔ながらの蕎麦屋が、どうやら変身したらしいのだ。

辰巳看板0001

辰巳暖簾0007


暖簾は出ていたが、開店祝いが残る店内に先客は居ない。
シンプルでいい感じの内装だ。

辰巳テーブル0002

辰巳小上がり0006

これはなんだか期待できそうだ。

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